静かな夜だった。
だから勇利はインターホンを鳴らさず扉を軽くノックした。静かな夜だったから、それで十分住人には届いた。

「最後にクラブを見に行く?」
「行かない」
見納めと思えば行きたいかもしれないと思って勇利が聞くとヴィクトルははっきり否定した。眩しいものを見る目で勇利を振り返って、けれど何も言わない。それでも勇利には言いたいことが分かった。
未練になると思っているんだ。

「勇利はなにを持ってきたんだい?」
「えーと、チョコレートと小銭を少し。ヴィクトルは?」
「ナッツとドライフルーツ、あとこれ」
「トランプ?」
「列車の中でしようよ」

不思議とお腹は空かなかった。
持ってきたチョコレートとナッツとドライフルーツを少しずつ齧り、停車駅の売店で買った水を少しだけ飲む。
あとはトランプをして、たわいのない会話をして、うとうとして時間を過ごす。

シーズン序盤でマッカチンを失い、それでもシーズン中はそれをものともしない勢いで駆け抜けたヴィクトルがここで終わりにしたい、と言ったとき、勇利の胸に宿ったものはなんだったのか。
否定も肯定もせず、ただ
「僕も一緒に行きたい」
とだけヴィクトルに伝えた。

明言せずともお互いに避けたい話題がなにかは分かった。
スケートのこと、スケートに関わる友人知人のこと、長谷津のこと。心残りになることは一切不可だ。

「ヴィクトルの心音がよく聞こえる…特等席だ」
「勇利ばかりずるいよ、俺も勇利の音聞きたい」
「じゃあお腹に手をまわして。拍動が聞こえるよ」

Run Away With YouとMaking The Most Of The NightとAll ThatとStay Goldをぐちゃぐちゃに混ぜて魔解釈。
…どうしてこうなった。