例の映像話

なめらかに変化していく映像はアップのカットが多かった。世界的にも有名な交差点の街頭ビジョンに映るとそれらはさらに迫力を増す。
まつげが影を落とす目元、鮮やかなネイルの指先、そしてなによりふっくらとして艶やかな唇。唐突に流れはじめた映像は多くの通行人に怪訝な目でもって街頭ビジョンを注目させ、その映像の美しさで足を止めさせた。
音は聞こえないが、映像の中の人物が何か話しているのはやわらかく動き続ける唇で分かる。目元、指先、唇。風景や後ろ姿も映っていたが、映像の大部分はこの三部位のアップで構成されていた。ただそれだけなのに惹きこまれる美しさだった。
目元のアップカットから少し引いて、輪郭を映す頬から下のカットに切り変わる。顔を俯けているため額から鼻梁の半ばまでは映らず、相変わらず表情の全容は知れない。唇の動きは止まらず、人物は楽しそうに頭を揺らす。
うたっているんだ。
足を止めてビジョンを見上げる人の、どこかから声が聞こえた。周囲にいた誰もが反射的にそのつぶやきに同意した。音楽が聞こえなくてもそれ以外の解釈のない映像だった。

降旗光樹も、偶然にもそれを見ていた。瞬間、見なければよかったと思ったが見てしまったものはどうしようもない。特段記憶力がいいとは言えないが、瞬間的に忘れられるほど器用でもない。電車の遅延だから本人に責が分かりつつも、遅刻してやってくる待ち合わせの相手を恨みたくなる。

超有名交差点付近で待ち合わせ中に、うっかり自分の出た映像が街頭ビジョンへ大写しになるのに遭遇してしまう降旗くん。