映像話の2

そこはいったい何処だったのだろう。日暮れの回廊のような、それとも地下道のような。薄暗いのにほの明るい、長く続く一本道。
ふんわりと裾の長い服を着た彼女は、ゆっくりした足取りで迷いなく歩いていく。ひと足、またひと足。
後姿の彼女について、分かることは多くない。時折差し込まれる目元や口元などパーツのアップでは表情は窺いしれない。
額から続くなめらかな輪郭、整えられた眉とふっくらした瞼。伏し目になると目元にはまつ毛でかすかに影がかかる。
袖の先から見え隠れする指先には鮮やかにネイルアートが施され、唯一頻繁に動いている唇はふっくらとして艶めいている。
その唇が小さく開く。閉じる。そしてすぼまり長く吐息をもらしてまた吸って――
口元のアップから引いた視点は、大きな口で長音を発する下顎とそらせた喉を映し、目頭と眉間にしわがよるほどきつく目を閉じた、強い感情を伝える目元を映した。


なめらかに変化していく映像はアップのカットが多かった。世界的にも有名な交差点の街頭ビジョンに映るとそれらはさらに迫力を増す。
唐突に流れはじめた映像は、多くの通行人に怪訝な目でもって街頭ビジョンを注目させ、そしてその美しさで足を止めさせた。
街頭ビジョンなので音声はない。ただ歩く女性の後ろ姿と、彼女のボディパーツの一部が差し込まれるだけの映像だ。それだけなのに惹きこまれる美しさだった。
目元のアップから少し引いて、今度は頭の斜め上から映したカットに切り替わる。顔にかかる髪。額から頬にかけてのライン。伏せられた瞼、伸びるまつ毛はかすかに震えている。
鼻と口を覆うように包んだ、組んだ両手の指の間から覗く、動き続ける唇をアップで捉える。まるで形をなぞるような正確な動きを続けていた唇が、不意にゆるむ。一瞬、その口角を上向かせたかと思ったが、確認する術は誰一人として持たなかった。次の瞬間にはまた、映像は歩く彼女の後ろ姿に切り替わってしまった。
それでも、映像を見た誰もがその一瞬を疑わなかった。その後の彼女は両手を広げてくるりとまわってみせたり、立てた人差し指を小さくすぼめた口元へ持っていって首をかしげてみたり、唇が先ほどまでとは違うやわらかさで動いていたりと、表情が見えずとも楽しそうな様子が窺えた。


降旗光樹も、偶然にもそれを見ていた。瞬間、見なければよかったと思ったが見てしまったものはどうしようもない。特段記憶力がいいとは言えないが、瞬間的に忘れられるほど器用でもない。電車の遅延だから本人に責がないとは分かりつつも、遅刻してやってくる待ち合わせの相手を恨みたくなる。
手に持ったファストフード店のドリンクを、はしたなくもズコーと音を立てて吸い上げる。映像は降旗がやや半目になって見上げている先で、簡単なクレジットを流して終了した。
クレジットによるとタイトルは「Goddess」、撮影・監督はイニシャル表記のM.F、Thanks表記の撮影協力にFriendとしていくつかのイニシャルが連なり、そしてSpecial Thanks表記の協力者がK.F……。
足を止めて見上げていたひとたちの中に、それらの文字を携帯電話に写し取っている姿がちらほら見えた。勘弁してほしいと思いながら、また音を立ててストローを吸い上げた瞬間に「お待たせしました」とごく近い後ろから声をかけられ、飲みものが気管へ入った。
「大丈夫ですか」

リェーナの映像を見たので、ああこういうイメージもいいなあと思って。歌う降旗くん。