兄妄想ver.その2

初めは赤司家の話だった。これは間違いない。
待ち合わせをして合流後、とりあえずどこかへ入ろうという移動中にふと、赤司が「僕は母親似だ」と発言する話題になった。
降旗と高尾でへえ、なんか分かるなどと相づちを打ちつつ、目に付いたカフェに入って、注文が供されたところで今度は降旗が「あ、これ、じいちゃんのだ」と言った。
もちろん、赤司と高尾は揃って驚いた。突然なにをと思いもしたし、じいちゃんのってどういうことだと疑問と興味もわいた。
降旗が「じいちゃんの」と言ったのは目の前のカップに対してだった。まろい輪郭のころりとした白磁カップ。とろりととろけるような白い陶器で、光を透かせばそれ自体が発光しているかのように見える。
「え? なに? 光ちゃん、『じいちゃんの』ってどういうこと?」
「あ、じいちゃんの作った食器だ、って意味」
ますます持って意味が分からない。きれいなカップだが、一点ものの陶芸作品とは見えない。
「それは、仕事で?」
「うん。じいちゃん、プロダクトデザインやってたんだって」
演奏家である妻の手を傷つけないように。仕事だったが命題は妻だった。
「え、ちょ、ちょっと待って。待って待って。光ちゃんのおばあさんって声楽やってたって」
「うん、やってた。それは父方のばあちゃんで、プロダクトデザインやってたのは母方」
「ちなみに母方のおばあさまは」
「首席バイオリニスト」
オーケストラの、とつけ加えられた楽団の名前は、国内で最も有名と言っていい団体だった。

父方叔母について

「『日本わんこ歩き』の?」
「あ、そうそう。それ」
「全国放送じゃん!」
「降旗は旧姓か…」

その他

「ちなみに他のご家族は?」
「えー…あとは普通だと思うけど」
「いいからいいから」
高尾が備えつけのペーパーナプキンに家系図を書き始めている。
「んっと、父方はじいちゃんが日本画家で、ばあちゃんが声楽…っていうのはもう話したな。叔母さんはカメラマンで、叔母さんの旦那さんは確か…宝飾デザイン、だったかな? いとこが2人いて、服飾やってる姉ちゃんと、造形美術やってる兄ちゃん」
「……母方は?」
もはや毒を食らわば皿まで、こわいもの見たさの境地だ。
「母方はー、じいちゃんがプロダクトデザイン、ばあちゃんがバイオリニスト。伯父さんが某音大指揮科の先生で、母さんは書道家
「……お姉さんとお兄さんがいたよな」
「うん、姉貴はいまスペインにいる。兄貴はロシア」
「……お兄さんも留学中?」
「そう。バレエ留学」
見事な口述筆記で家系図を書き上げた高尾は、そのままテーブルに沈んだ。ぷるぷると震えてもいる。
「あと、叔母さんの旦那さん…の妹さんの旦那さん? 旦那さんのいとこ? だったかに、四国に窯持ってる人がいるって聞いたことあるな」
「……窯」
「ちょっとうろ覚えだけど」
「……それはもちろん、陶芸の、という理解でいいのかな」
「そうそう。なんか妙にみんな芸術方面すごすぎるからさー、伯父さんに会うとほっとするよ。音大の教授ってつまり学校の先生だもんな」
音大の指揮科というのは生徒が学年に数人で、ほとんど師匠と弟子の関係だということを降旗は知らないらしい。
さすがの赤司もこれには開いた口がふさがらなくなる。
「……これはつまり、いちばん平凡なのは俺だってことだな」
「冗談! 高尾が平凡なら俺はどうなるんだよ」
「ストップ! …光ちゃん、いい? この家系で育った人を、ましてまっすぐ清廉潔白に育った光ちゃんを平凡とはとても呼びません」
「ええー……」
高尾の目は真剣だった。試合中もかくやというマジっぷりだ。助け船を求めて赤司を見るも、打つ手なしとばかりに目を伏せ、首を振られてしまった。

既出のものを一部修正。
祖母を父方母方でチェンジ。
父方
 日本画家:祖父
 声楽:祖母
 建築(空間)デザイン:父
 写真家:叔母
 服飾デザイン勉強中:従姉
 造形美術勉強中:従兄

母方
 超有名個人ブランドを持ってるプロダクトデザイナー:祖父
 日本でいちばん有名なオーケストラの首席バイオリニスト:祖母
 某音大指揮科教授:伯父
 書道家:母

スペイン留学中映像作家:姉
ロシア留学中バレエダンサー:兄