レースパロのお話

プリンター排出されるグラフを信じられない気持ちで見つめた。これはいったいどういうことなのか。アクセルワーク、ブレーキセッション、スピード。タイムと走行位置については、あとでヘッドボードカメラの映像とグラフをつき合わせて解析しなければ正確なことは分からないが、少なくとも普通の走りかたではないことだけは確かだった。
途切れず排出されるロール紙の途中をすくい上げた日向も、それを隣から覗き込む小金井と水戸部も、ただならぬ様子に何事かと集まってきたほかの面々も、その異様な線を描くグラフを見つめ続けていた。
「…? なんだ、ですか」
火神もそれを拾い上げる。常時さほど高くない位置漂う2本の折れ線と、その下にほとんど横軸に接触するのではないかというくらいで低空飛行をしている青い折れ線。
「遅ぇ…」
縦軸の目盛とグラフの線を見比べて思わず呟いたが、それに反応する人間はいなかった。全員が息を飲むように、食い入るようにグラフを見つめているという異様な空間だった。
「伊月くん、ここってどこか分かる?」
沈黙を破って疑問を投げかけたのはやはり監督であるリコだった。手に持ったグラフの一点を指し、コントロールである伊月に問いかける。伊月は自分が手していたグラフを並んで見ていた土田に渡して、リコの元へ向かう。
「どこ?」
「ここ。あんまり平均的なスコアと違うからどこの地点か分からなくて」
「…俺も自身ないけど…この走りかたでこのタイムならセクション1の19番カーブあたりじゃないのかな」
「19番…なんでここでスピード上がるのよ…」
呆れとも感嘆ともつかないため息を吐いて、驚愕を振り切るように「帰ってきたらどういう走りかたをしたのか問いただしてやらなくちゃ!」とリコは拳を作った。
「問いただすって…単に変な走りかたして遅いだけじゃねえの? です」
「バ火神。あんたもコース走ったんだから19番がどういうカーブか分かってるでしょ」
それは確かにリコの言うとおりだった。セクション1の19番カーブはとにかくキツい。19番の前はリアを振りまわされるようなコースで、ようやく抜けたと思えばすぐに360度あるのではないか、むしろそちらのほうが楽だったと思うようなヘアピンが待ち構えている。そうは言ってもあくまで単独のカーブだから、走行時間にすればコースを走るほんの一瞬にすぎない。しかし19番はその前だけでなく直後にも高低差のあるS字が複数待ち構えているのでとても余裕を持って走れる場所ではない。火神自身、苦手な部類に入るポイントだった。
「でもスピードは遅ぇ、です」
「ああ、もしかして火神はちゃんとスコア見たことないのか」
「あー我流で走ってたって言ってたっけ。そうなの?」
小金井の問いかけにうす、とうなずく。
「そっか。じゃあ教えてやるよ。上の赤い線がアクセルワーク、真ん中の黒い線がスピード、下の青い線がブレーキセッション。目盛振ってあるから分かるだろうけど、どれも下がゼロ。時間は横軸な」
土田がグラフを指し示しながらしてくれる説明を聞いて、火神はあれ、と思った。青い線が横軸に接触しそうなほど低いということはつまり、
「…ブレーキほとんど使ってない…?」
「そう」
エンジン始動から停止まですべて排出されたグラフを、端から回収し折り畳みながらリコが言う。
「こんなスコア初めて見たわ。最初から最後までアクセルワークもスピードもブレーキセッションまでほぼ一定。コースには高低差もカーブもシケインもあるのに。もちろんカーブの前にはスピードを落としているけど」
「お、俺のスコアはどうだったんすか」
「フツー」
日向がバッサリ切り落とす。
「フツー…」
「遅いっつー意味じゃねえかんな。平均的なラインのグラフだったよ。カーブ前ではブレーキを使う、ストレートではアクセルを強く踏む」
「コースの形状に合わせてどの数値も上下するのが普通なのよ。速いハンドルでも遅いハンドルでもそれは変わらない。でも、だからこそ黒子くんのハンドルは異様よ。一応ストレートでスピードは上がるけどベタ踏みってほどじゃないし、でもカーブでスピードが落ちない。しかもさっき言った19番」
ぱらぱらとたたんだスコアを流し見ていたリコの手が止まった。じっと視線を向けるそのページは先ほどのポイントだろう。
「あのラインのカーブなのに最中でほんの僅かだけどスピードが上がってる。普通の走りかたじゃない。――ってわけでハイ」
折りたたまれたワンセッション分のスコアがばさりと伊月に渡される。スコアの解析はコントロールの役割だ。
「解析よろしくね」
タイムポイント、いつもより詳しく。あしたまでね。にこりと笑顔で徹夜を言いつけられた伊月の顔は若干ひきつっていた。

1チームは最低ナビ・ハンドル・コントロールの3人。出走車両が増えてもコントロールは1チーム1人。なので車両が増えるとちょっと大変。だから大抵1チーム1もしくは2車両。
ナビはハンドルとペア。ハンドルの性格や走りに合わせてナビをします。コントロールは気象や規制など全体を見て、ナビをナビするような感じ。
タイムポイントはスコアのタイムとヘッドボードカメラの映像を付け合せて、スコアのどこでどこを走っていたのかをチェックするものです。