下のがあんまり長くなったので分割。

エレベーターに閉じ込められて、「…沈黙は苦手?」「苦手ってことはないけど、この状態だと不安になる」という降旗くんの返事から、百物語的に、順番で話をしたらいいじゃない。

「似てるなあ」
「なにに」
「あ、いまのシチュエーションが前に観た舞台に」
「…君は観劇をするのか」
「それはたまたま。地元劇団がやった小さな舞台だったんだけど、友達のお姉さんが手伝ってて。だから友達にくっついて観に行った」
「題名は?」
「もう忘れちゃった。エレベーターに閉じ込められる男女2人の、2人だけの地味な舞台だったんだけど、最後の女の人のセリフだけは妙によく覚えてる」
視線で続きを促される。赤司の目は、決して雄弁ではない口よりよほどものを言う。
『帰って、キャビアを食べるわ』
少しさびしげに言う女の人の、舞台の最後のセリフ。セリフの間に吐いた、吐息さえ覚えている。
キャビア?」
「話の中で、このまま出られなかったらどうするか、なにが心残りかっていう会話をしてたんだ。それで女の人が、こんなことになるならあのキャビアの缶詰を食べておけばよかったって」

「君は君のしたい話をすればいい。僕は怪談をする」
「なんで!」
「日本の怪談じゃありきたりだから、アメリカの都市伝説にしようか」
「この状態で不安感を煽るようなことやめてください!」
「夜遊びをして深夜に帰ってきた寮暮らしの女の子がいたんだ」
「話聞いて…」
「同室の子に配慮して、電気をつけずそのままベッドに入った。翌朝目を覚ますと、ルームメイトは惨殺されていた。壁には彼女のものと思われる血でaren't you glad you didn't turn on the light…電気をつけなくて命拾いしたねと書いてあった」

「ボタンを舐めるんだそうだ」
「ボタン?」
「口の中にものがあると、反射で唾液が出るだろう。唾液が出ると喉の渇きは解消される」
もちろん遭難状態における水分不足の根本的な解決にはならないが。そう付け足す赤司の顔は、降旗には少し疲れて見えた。
「別にボタンでなくても構わないんだ。誤飲の危険が少なく、万一誤飲しても体内を傷つけないものなら。ただ他に適当なものを考えてもぱっと思い浮かばない、またどんな状況でも少なくともひとつくらいはあるもの、と考えていくとやはりボタンが第一候補になるのだろうな」