下のの続きというか会話フラグメントというか。

スウィーティーって食べたことある?」
「たぶんあると思う。果物としてよりは、ガムのフレーバーとしての印象が強いが」
「種がどうだったかって覚えてる?」
言われて素直に記憶を辿ってみたがよく思い出せない。グレープフルーツに類種の果物だからあるはずだろうが果たしてどうだったか。
スウィーティーって染色体が3セットある3倍体だから、種ができにくいんだって」
言われて思い出した。確か、食べるのに支障が出ない程度のごくごく小さな種が、房毎にひとつかふたつ存在していた。皮をむいて口に運ぶ手が止まらないから、印象に残らなかったのだ。
「へえ」
「4倍体のグレープフルーツと、あーなんだっけ、2倍体のなんとかって柑橘類を掛け合わせてできたのが、スウィーティー。同じ品種でもアメリカ産をオロブランコ、イスラエル産をスウィーティーって言うんだって」
「どちらかはブランド名なのか?」
「確かオロブランコが品種名。原産はアメリカだけど、日本じゃスウィーティーの名前のほうがメジャーだよな」
「へえ」
「ちなみに種なしスイカも3倍体」
「そんなものがあるのか」
イカは種を吐き出しながら食べるのこそ情緒だろうと言えば、降旗も同意した。
「そう思う。夏の暑い日に縁側で、ちょっと塩振って」
「ああ、それはいいな。君の家には縁側があるのか」
「んーん、ないから憧れ。ていうか夏のイメージ、かな。おまけにあとひとつ。デラウェアは3倍体じゃありません」
「あれも種がないのに?」
デラウェアの種なしは、植物ホルモンを使った農業手法なんだって」
「詳しいな。血縁に果物農家があるのか」
「いや、by某電脳百科事典。スウィーティー食べたときにちょっと気になって調べて見たら、どんどんリンク飛んじゃって」
「なるほど」
「すぐに忘れる雑学だけど」
「いや、面白かった。知らない分野はやはり興味深い。ここから出たら少し調べてみたい」

一瞬、ちかりと室内灯がまたたいた。都市伝説の話をした直後だっただけに、思いがけない点滅に降旗は盛大に肩を揺らした。しかし赤司は反対に、「…テツヤがいたな」と呟いて小さく笑った。
「…黒子?」
「ああ。いまのような、シチュエーションに合った自然現象がタイミングよく起こったとき、僕らは『黒子がいた』とか『黒子が通った』と言ったんだ。役割としての黒子とテツヤの苗字を掛けたジョークだ」
「誰が言い出したんだ?」
「誰だっただろう。もう思い出せないな。まあ、こういうことを言い出すのは大抵、大輝か涼太だからどちらかだとは思うが」
「ふうん」
「他にも、探そうと思っていたものがちょうど目の前にあったときにも『黒子がいた』と言ったな」
「へー。…あ、じゃあさ、ついついなにも考えないでどんどんお菓子食べちゃって、まだあると思ったらもうなくなってた、なんて状況だったらもしかして」
随分限定的だな、と赤司は笑ったが、想像に相違はなかったらしい。
「『紫原がいた』と言ったかもしれない」

「…その目ってどこまで見えてんの」
「視力という意味でなら普通より少しいい程度だ。天帝の眼という意味でも、無条件にすべての未来が見えるというわけでない」
「どういうこと?」
「君はもしかしたら天帝の眼を未来を見通す千里眼だと思っているのかもしれないが、それは大きな間違いだ。天帝の眼は、僕がいままでに観察し積み上げてきた経験則と知識から判断する、あくまでも予測でしかないものだ」
うん、と声に出さず首だけでうなずいて、降旗は聞く姿勢を取った。
「先ほど言ったように僕の視力はそこそこいい。だからかなり細かいところまで見える。たとえばいま目の前にいる君の、瞬きで動く筋肉の一筋や呼吸で動く胸につながる首の筋の動きもよく見えている」
「なにそれすごい」
「呼吸や筋肉の動きを見ると次の動作がある程度予想できる。その予想される選択肢の中から、経験則により導き出す可能性の内、最も確率が高いものを選びそれを予測として行動する。分かりやすく説明すれば、これが天帝の眼の正体と言えるだろう」
「へえー…ってことはじゃあ、視力がよくて、経験がたまれば俺にも天帝の眼が使えるってこと!?」
「可能性はゼロではないだろうな」
「ええー!」
「君の先輩にも眼を持つ人がいるだろう」
「伊月先輩?」
「そう。直接確認したわけではないが、彼と秀徳の高尾が持つ眼も、おそらく『見て』いるわけじゃないと思う」
「どういうこと?」
「彼らの視野が広く空間認識能力が高いのは確かだろう。鳥の目はその両方がなければ使えない合わせ技だ。空間認識能力とは、自身が把握したものをそれぞれの位置関係から脳内で俯瞰に置き換えて判断することができる能力で、言い換えれば距離感と立体の能力だ。これは訓練で能力向上が図れる。では視野が広いとはなにか」
「目が見られる角度が広いってことだろ?」
「違う。水平面に限れば人間の目の可視範囲は左右90度ずつで180度、重なる両眼視野が120度だ。これは健康な個体なら大きな差はない。その上で――あくまでも主観による説明になってしまうが――いわゆる『視野が広い』というのは、『見ていないけど分かっている』ことだ」
「…よく分からない」
「人がなにかを認識するための情報源は視覚だけではないということだ。聴覚と触覚と嗅覚、口の中でそれを行うのなら味覚も使う。視覚の占める範囲が最も大きいのは確かだが、視野が広い人間は聴覚と触覚を最大限活用している」
曖昧な表現になるが、触覚というよりは感覚と言ったほうがよりニュアンスが近いかもしれないと赤司は言う。
実はこいつ、かなり面倒見のいい奴だろうと降旗は思った。中学で主将を務め、高校へ上がっても1年から主将を担っている。あのキセキをまとめていたのもだが、聞いた話では黒子を見出し、サポート特化型選手に育て上げたのも赤司だという。
いまだってそうだ。面倒くさがらず、丁寧に降旗に分かりやすい言葉を選んで説明をしてくれている。降旗の中で「絶対的な帝王」だった赤司のイメージがどんどんやわらかくなる。
「つまり目に見える、視界に入るものだけではなく、空気感や聞こえる音、使える感覚器官をすべて使って空間を把握する、『分かる』こと。これが視野の広さの正体だ」
「はー…なるほど…」

エレベーターが止まって20分後あたり、パニック→緊急呼び出しで管制センターと連絡が取れる→ほっとひと息、くらいの会話。