エネルギーの話(昔書いたのをサルベージその2)

「とりあえず何も考えずに左右普通に握ってみて」
差し出された握力計を受け取ってまずは右から。規定の姿勢を崩さないようにしながらぎゅうと握り込む。数字を見て一度返却を差し出し、針の示す数字をチェックされてからリセット、再び差し出されて今度は左。右より左の方が力が入らないのは非利き手であるから普通のことだ。
左を計測した握力計を再度差し戻すとそちらの数値も書類に書き込まれる。結果は数ヶ月前の体力測定とほとんど変わりない。若干の違いはプラスマイナスどちらも1kg以内だから誤差の範囲内ではないかと思う。客観的にもそうであったようで平均よりはちょっと上だけどまあ平均域だねえ、との感想を受け取った。
「じゃあ今度は思いっきり握ってみて」
「……」
先ほども思いっきりだったんですけど、とは言わなかった。言わなかったけれど表情で分かったらしく、はは、と軽く笑い、それから
「この間みたいなの」
と、目元の笑みを引いて言う。正当な機関のまっとうな研究者に当てるには間違ったことばかもしれないが、企みごとを内包している顔だと思った。それも若干よくない類の。もしくは、笑っているのに笑っていない顔。真剣なのかもしれないがその真剣さが少しおそろしく感じた。
ゼロにセットし直された握力計を三度差し出して、なんでもいいよと言う。
「この間のことを思い出してもいいし、それともほかに、もっと力の入りそうなことを思い浮かべてもいい。まだコントロールができないだろうからそういう媒体がないとあるものも発揮されないだろうから」
ハイ、ともホラ、とも取れるニュアンスで軽く振って受け取りを促された握力計をどうしたものかと困惑しながらも手に取って、まずは右手から。
この間のようなこと。力の入りそうなこと。目を閉じて深呼吸をひとつ。精一杯想像力を働かせて思いきり握る。硬い握力計のグリップが動き出す。想像。力の入りそうなこと。――想像。
ゆっくり握り込んだ握力計のグリップが破壊される音とわお、という感嘆の声は同時だった。確かに、しっかりと手の中に握っていたものが崩れていく感覚にびっくりして目を開けた。
「わ、わ、」
「――驚いたあ」
まるでそうは思えない間延びしたコメント。驚いたのはこちらだ。握り締めるどころかまだ指に力を込め始めたところだったというのに。
左右一度目の計測時と同じ握力計が、一度目は思いきり握っても何事もなかった重くて硬い握力計のグリップが、いまは無残に破壊され、その破片が目の前でぱらぱらと床に落ちている。曲げていた指をおそるおそる開いていくと、破片はさらに落下し、グリップはひび割れ握っていた手の形に沿って歪み、グリップの片方は首の皮一枚辛うじて指針部につながっているような状態だった。
「これは計測不可だねえ」
ひとり言のように呟かれたことばにはっとして、慌てて頭を下げる。
「壊してすみません」
「構わないよ。思いきりと言ったのはこちらだし。とりあえずこんな握力計じゃ測れないことは分かったから」
いやあ本当にすごいな。やはりそうとは思えない口調でコメントをしながら、所在無くぶら下げ続けていた破壊してしまった握力計を取り上げてサイドテーブルに置いた。粉々だ、destroyがふさわしいね。なぜか楽しそうに言う。
「もっと頑丈な測定器を買ってもらうか…なければ作るか。それとも別の方法にするか……。ああ、そういえば」
「はい?」
「参考までに聞きたいんだけど、いま何を想像した?」
「……」
「この間のこと? それとも別の?」
「……」
脳内のイメージは空想とも妄想とも言える。だからそれを話すのはとても恥ずかしい。しかし「ん?」と問いかけてくる視線は遠慮ない上にしつこく、逃げることなど到底できそうになくてしばらくのちにとうとう観念した。
「なんだい?」
「……熊、を」
「熊?」
「……はい」
「熊?」
「……その、熊、が、……いまこの場に現れたら……と、」
思って、と続けた語尾に向かってボリュームは尻つぼみに下がっていったからきっと最後までは聞こえなかったはずだ。いくら「媒体」と表現したところで結局は他愛もない妄想でしかない。それを大人の、しかもれっきとした研究者に話すだなんて恥ずかしすぎてとてもじゃないが顔が上げられない。
「はは、そうか、熊か」
やはり、心底愉快だとでも言うように笑われた。向こうは楽しそうだがこちらは顔から火が出そうだ。
「勝てそうかい?」
「……もしかしたら」
そうかもしかしたらか。それは頼もしいな。そろりと伺うように視線を上げて見る、その目元には引っ込められていた笑みがいつの間にか戻っていた。

ちょっと前についったで言っていたエネルギーの話、の書けるとこだけ一部抜粋。ヒナくん(苗字だけ決定)とインド人研究者(名前未定)のヒナくん体力測定(握力検査)の話。
頭の中でごちゃごちゃ設定を考えては遊んでるだけの話です。本筋は別のとこにあるけど、いつか書けたらいいなーとは思っているけど、現状さっぱり書ける気がしません。書けたらいいなーとは思いつつ本気で書こうとも思っていません。遊びだから。でも設定厨だから設定だけはすっげいっぱいあるよ!

検査官=インド国籍検査担当者