単発ネタ(昔書いたのをサルベージその5)

目が覚めたら、海色のR2がなかった。
この時期の陽の入りは早い。午後も3時を半分すぎれは陽は傾きはじめ、1時間もしないうちに夕焼けで空が赤くなってしまう。午後5時と言えばもう夜だ。
今日も同じで、うっかり昼寝をして目が覚めたら室内は既に暗く、こたつから出ていた腕は他の部分と比較して、まるで氷のようだった。自分で驚くほど冷たくなっている。
こたつ机に広げていた教科書やノートは、いつの間にかはじに寄せて閉じられていた。変なところに気を配っていると改めて思う。そんなところに気を配らずに、もっと自分に気を配れよと思う。でも難しいんだろう、それは。
海色の携帯電話も置きっぱなしだった。
ベッドの上に投げてあった通学用のリュックを逆さまにして、中身を乱雑に布団にぶちまける。筆記用具、定期、教科書、MP3…そんなものより、今は必要なものがある。空になったリュックに必要になるかもしれないと思うものすべてを詰め込んで、ポストとロードレーサーを繋いでいるチェーン式ロックの鍵を取り上げる。冷えた手にも冷たい鍵を握る。
探さなければ。
心配はしていないけれど、きっと、泣いてる。

市内からロードレーサーを走らせて海辺まで行く。海が見えてからは海岸沿いの赤いレンガの道を走った。風の音と海の音が混同して、どちらとも分からなくなる。寄せるような風の音、唸るような海の音。
しばらく走り続け、海岸沿いのサイクリングロードがいったん海から離れるように曲がる手前で海色のR2を見つけた。R2の後ろにロードレーサーを停め、海を見ると海の手前5m付近で座り込んでいる小さな影があった。風に吹かれて流れる姿は、とてもはかない。幻のようにはかなくて、近づいたり、触ったりしたら消えてしまうのではないかとも思う。
けれどそんなことは実際にないので、リュックからブランケットを引っ張り出して遠慮なく近づく。
キャミソールと薄手のセーターにジーンズという、暖房の効いた部屋にいたときそのままの恰好の彼女の上から引っ張り出したブランケットをかぶせて、一緒に出てきたタオルを持たせる。おろしたリュックは隣に投げるように置いた。リュックの重みに、砂が鳴る。
ミネラルウォーターと薬を取り出して、彼女を見るとやはり泣いていた。声もなく、ただ涙だけをこぼしていた。涙でくもる視界で、瞬きもせずに海を見ていた。海を見て、泣いていた。
「たかこさん、水、ちゃんと持って」
手を取って、持たせていたタオルの代わりにペットボトルを握らせるようにしてやると落とすようなことはない。ペットボトルを握らせて、持ってきた薬を出して差し出す。受け取った彼女はたどたどしく口に運び、蓋を開けてやったペットボトルをゆっくりと傾けて薬を飲み込んだ。
薬を飲んだことを確認してから、リュックに突っ込んできたものを順に引っ張り出す。カシミアのマフラーをぐるぐるに巻いて、毛糸の帽子をかぶせ、子どものようにかぶっていたブランケットはしっかりと羽織らせて前をピンで留める。蓋を閉めたペットボトルは彼女の手の届く砂の上に置いた。大きな、毛の裏地の打ってある手袋の指を1本ずつ確認しながらはめる間も、彼女はこちらに気を配る様子もなく涙を流しながら海を見ていた。
ここまで溜め込まなくてもいいのにと思う。けれど、溜め込んで、溜め込んで、壊れるほどに溜め込まなければ彼女は生活できないんだろう。周囲には必要以上に気を配るくせに、自分の内面には、本当に無頓着で。
タオルで顔を拭いて、熱を持ち始めたカイロを右手にしっかり握らせる。
「俺、帰ったほうがいい?」
今の彼女の中に自分の存在はない。自分だけじゃなく、周囲の何も彼女の意識の下にはない。薬を飲んだことも、防寒の恰好をさせられてカイロを持たされたことも、今の彼女の中では自然に起こったことなのだ。
薬が水が、ひとりでに現れた。だから行動の記憶として、薬は飲む、カイロを持たされたら握る。それだけだ。
いま、彼女の中には、座っている砂浜と、目の前の海とは思えないほど黒い海だけがある。

追記
なんか…思っていたのとは全然違う雰囲気に…話の筋は違ってないけど、雰囲気が全然違う。
書き始める前と、書き始めた当初はもっと違う感じだったのに……悔しいな…
だめんずな姉と、世話を焼く弟、という図式がものすごく好きです。萌える。ちょう萌える。この2人はいとこの姉さんと少年ですが。
予定では、この2人はDay after tomorroの姉と弟のつもりでした。だから名前が「たかこ」。たかこさんが海で泣く理由みたいのを書く予定だったんですけど…なんかだめだ…この流れじゃおかしい…
予定では、うただでステイシーでおおふりでバッテリでした。わーお、かたよってるぅ。

あ゛ーっ!!
あの、国道沿いの本屋を出たときの「あー海行きたい」っていう感覚が思い出せない…!
帰宅してすぐは覚えてたから、話書き始められたのにおもっきし邪魔されたから忘れちゃったよ…

これも割と雰囲気が気に入ってる。